2008年05月31日
最近は「エコ」「エコ」とうるさすぎる。
理念先行、現実破綻の好例である。
・・・どうしても「エゴ」に聞こえるんだが。
究極のことを言うと、これまでの経済・政治モデルはとっくに綻んでいるのだから、全部ガラガラポンしないとどうしようもないんだ。でも、そんなことができるわけがないから、「車を買ってエコ」とか、「自分の箸を持ってエコ」とか、結局在来の消費モデル上で「エコ」気どりをするしかないのだ。悲しいが。
真面目に地球のことを考えるのであれば、少なくともこれくらいのインパクトのあることをしなければいけないと思う。
(1)「動かない日」を全国民に強制割り当て
究極のエコは、「寝て暮す」ということだと思う。要は、エネルギー消費量を減らすことだ。そこで、全国民に「無動日」を強制割り当てするのはどうか。その日は、家から一歩も出てはいけない。二酸化炭素排出量も増えるので、運動も禁止だ。とにかく家でじっとしていること。できるのは読書と昼寝くらい。テレビやネット、ゲーム、音楽鑑賞など電気を使うものは一切禁止。食事と水も最低限にする。トイレは外の植木に。もちろん、拒否も可能だ。その場合は、300万円の罰金で代替できる。
(2)「無電波デー」を制定する
年に1回、テレビ・ラジオを停波する。一斉に止めると弊害も大きいだろうから、各局割当制にしてもよい。また、再放送だらけの時間帯(昼間の2〜3時間)は、毎日3分の2のテレビ・ラジオを停止するのでもいい。もちろん、各局割当制だ。
加えて、一般用携帯電話回線も止める。こちらも各番号割当制にする。各事業者は拒否も可能。その場合は、1回につき2000億円の炭素税を支払う。
(3)
もう思いつかない。だめだ。
2008年05月26日
●近況
MRIの結果は、異状なし。
ああ、よかった。
脳がどうこうなっているわけではなく、
血管も特にどうこうしているわけではない。
ただ、どうしても頭痛とめまいが治らない。
結局、過労が引き金となった内耳性めまいと緊張型頭痛の併発ということらしい。
要約すると、「原因不明」ということだが。「自律神経失調」と大差ない意味だ・・・
とりあえず、完全に治るまで1カ月くらいはかかるらしい。まあ仕方ない。うまく付き合っていくしかないな。ちゃんと休むことだ。
休みがこんなに大切だとは。喉元過ぎて熱さ忘れる・・・ことのないよう、このつらさを記銘しておかねば!
●チンプイのDVDを見続けている
どうも忙しくて、チンプイのDVDを一気に見ることができない。週に4〜6話見られればいいほうか(←ちゃんと見てる)。しかしチンプイは面白い。そしてかわいい。いい。
ようやく、作画がシンエイ動画なのかタツノコなのか・・・が分かるようになってきた。・・・ってそれはちゃんと見ている証拠ではないか。
2008年05月22日
頭痛とめまいがいやに続くので、検査することになった。
MRIだ。怖い。怖かった。・・・音が。音にこれほど恐怖したのは初めてかもしれない。
CTスキャンと同じようなものかと思って甘く見ていたら、
検査室の入り口でいきなり、「大きな音が出ますので、耳栓をしますから」って。
「大きな音ってなんだよ」と訝しく思うも、時すでに遅し。カプセルイン。
機械はすでに、聞いたこともないような不協和音を奏でていて・・・
怖い。怖すぎる。
自分が閉所恐怖症だったら、おそらく発狂していただろう。
幸いなことに、私は狭いところはむしろ好き?なのでいいのだけれども、これは閉所恐怖症の人にとっては死活問題だろう。後で知ったが、閉所恐怖の人は麻酔をかけて調べることもあるのだとか。だろうな。
冷静に考えると、空腹の上、不味い液体を飲まされ、体中をローリング攻めされ、挙句に下剤を飲むという、自然の摂理とはあさっての方向をむいた「バリウム検査」とか、体は猛烈な拒絶反応をしているのに、無理やり棒を飲み込み、最後にのどを傷めるという「胃カメラ」とかのほうが数百億倍いやなはずだが、これは「喉元過ぎれば熱さ忘れる」というやつ。
MRIはすぐれた検査だ。そしてここが重要なのだが、検査自体は楽なのだ。「まな板の上のコイ」よろしく技師に身をゆだね、目でもつぶってのんびり空想に浸っていればいい。
だが、唯一、音が・・・音が・・・音が・・・思わず、「お母ちゃ〜ん」と叫びたくなるほどの音が・・・神経を蝕むのだ。
でも大丈夫。自分を少しだけ「かわいそうな世界の住人」にすればいい。
「ああ・・なんてかわいそうなんだ俺。タイムマシンへの夢が捨てきれず、こんな機械でまだ実験を重ねていやがる」
「ああ・・なんてけなげな私。このまま、宇宙人の生贄にされるんだわ」 みたいに。こうすると、楽しいでしょう。
問題の音は、歯医者のキーン音を重低音にして、無限ループした感じ。よりもひどい。
ビービービー、ガッガッガッガ、グワン、グワングワン、ブーブーブー、ドドドドド、カシャッカシャッカシャッカシャ(カメラの音)、ピーピーピー(謎の電子音)、ディーンディンディンディンディンディンディン・・・
あまりのトランス感に、身の危険を感じた私は、途中でこんな風に想像したのだ。
「宇宙人に生贄にされる自分」
「あ、この音はドリフのコント(不協和音で踊りだす志村と加藤)で使えるな」
「自分は今、SFマンガの主人公だ。タイムマシンに単身、乗り込むぞー」
「これから宇宙船で大海原へ旅立つんだ。愛しの地球よ・・・さらば・・・(星新一/藤子SFの見すぎ)」
「この車両は武蔵野線の103系より音が酷いな。やはりVVVFに乗せ換えねば・・・」
「京急のメロディー電車みたいに、不協和音をメロディ化すればいいのに・・」
「これは発狂マシンだ。ぼくは『発狂くん』として生まれ変わるんだ。うおー」
・・・と、もうわけがわからない。普通だったら想像すらしないことがポンポン、頭に浮かんでは消えていく。検査後にもこうして鮮明に想像した内容を覚えているくらいだから、よほどショックだったのだろう。
・・ということで、脳がむやみやたらと活性化した20分であった。楽しかった。
もう二度とやりたくない。
でも、貴重な空想時間が持てたことは感謝である。
2008年05月21日
2008年05月19日
・・・この欄でさんざん書き散らしてきた、片頭痛とめまい。
あまりにひどいので、とうとう1週間の「自宅療養」になってしまった・・・
MRIだってさ。
どこまで堕ちるのか。
というか、こんなことを書き込んでいる場合じゃないのだ。
寝なければ。
療養という名の、謹慎処分である。
外に向けて動いちゃいかんのだ。
2008年05月18日
ストレスだか何だかで急激に頭痛持ちになって、それと比例して家に早く帰る日が増えたのだが、そうなると畢竟、テレビを見る機会が増える。
そこで驚いたのが、テレビのあまりにも・・・・・・・な惨状であった。
・・・ここまできたとは・・・・・・・
大丈夫なんだろうか。
人ごとながら、異常に心配になる。
したがって、テレビを消し、読書の時間がさらに増えることとなった。
今年購入した本の数は、80冊を超えた(マンガを除く)。本を捨てたり売ったりしない性分なので、本棚がパンクしそうだ。
以前にもましてどんどんひどくなるのは、テロップの多用。これでは、子供に対し、「人の話を聞く力」など望むべくもない。真剣に思うのだが、本当に「一億総白痴化」するぞ。
テロップの多用はもう「病理」の域に達しているから、あきらめた。
専門家でないと、治療できやしない。もう知らん。
それよりもひどいのが、番組宣伝だ。いやもう、テレビというのは宣伝媒体なのだということをいやというほど思い知らされる。もう、飽き飽きだ。
以前から改編期のスペシャル番組で番組宣伝というのはよくあるパターンだったが、最近のは「辟易」を通り越して「誰が見るもんか」と思うというか、「憎悪」を巻き起こすくらいのレベルに達している。誰が見るもんか。っていうか、誰が見てるの? ホントに効果あるの?
スポーツの番宣もひどいが、ドラマはもっとひどい。特にドラマ初回の日はひどい。「素敵なゲスト」による「素敵な」番組宣伝ばかりだ。ふざけるな。
朝のニュース。寝ぼけ眼でテレビを見ていると、突然場違いなタレントの登場。一通り番組宣伝。何が「素敵なゲスト」だ。邪魔だ、散れ。不快な気持になる。これじゃあ、いくら交通タレントや天気タレントに「いってらっしゃい」と笑顔で言われても、初っ端から怪我でもしそうな気分だぜ。
その後の流れは、見なくてもわかる。ワイドショーでは「素敵なゲスト」と称して、またまた番組宣伝。昼のダレダレバラエティでは、またまた「素敵なゲスト」だろ。午後のワイドショーでもさらに「素敵なゲスト」だろ。ふざけんな。
夕方のニュース。疲れた顔でテレビを見ると、またまた場違いなタレントの登場。一通り番組宣伝。何が「素敵なゲスト」だ。邪魔だ、散れ。不快な気持になる。一日の疲れが倍加する。
で、さんざんスポットであおった挙句、初回の1時間半スペシャルの内容はダレダレ。20分で見られるような内容をわざと1時間半に伸ばしているものだから、見ていて疲れる。
・・・この繰り返し。土日の午後は、「番組の裏側すべて見せますスペシャル」とか、やるんだろうどうせ。分かり切ってるんだ。
地球環境うんぬんを言う前に、こういう宣伝番組を全部切れば(その時間にコンテンツがないなら停波すればいい)、どれだけ電力の節約になるか・・・
「携帯の防水」のトラブルが多発、という記事を読んだ。
ちょっとぬれた手で触っただけで機能不全、これは不良品ではないか、と訝る消費者と、「そもそもそのような使用は想定していない」と突っぱねるメーカー。
どっちもどっちだが、少なくとも、「最近の携帯は機能が多くなりすぎて、それに比例して水没リスクも高くなっている」という旨。なるほど。
以前の携帯(大昔の棒形のやつ)は、ある程度水に強かった気がする。
洗面所で水没させたことがあって、うんともすんとも言わなくなったが、ドライヤーで乾かしたら一晩で動くようになったのだ。
まだまだ「原始的」だった時代。画面も白黒だった。今はそうもいくまい。これでは便利なのか不便なのかさっぱりわからない。
自衛策としては、「ぬれた手で扱わないこと」「雨の日はかばんの奥にしまうこと」か。うん。当たり前だ。
2008年05月14日
1つ前のエントリーは、14日の0時ころにアップしたもの。
そしてこのエントリーは、14日の23時ころアップしたもの。1日で変化があった。
また頭痛がひどい。せっかく復調したのに、ぶり返したようだ。
病み上がりに土日勤務で10連勤というのが効いてきたらしい。
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頭痛、体の震え、違和感、光や音への不快感・・・悪心、吐き気、胃の痛み。
「来そうだ」と思うとき(予兆)がある。それが恐ろしい、「頭痛」である。
こうした症状と付き合うようになって何年だろうか。
最大の誘因はストレスなのだろうが、こういうのは「きっかけ」があることがわかってきた。
これまでの経験では、こんなときに頭痛が起こりやすい。
おそらく、多くの「頭痛持ち」がうなずくところだろう。
<頭痛の誘因>
・ストレスがたまっているとき(仕事上のトラブル、厄介事、..etc.)
・疲れがたまっているとき(休日出勤の翌週、風呂敷残業や深夜残業の続いたとき)
あくまでも感覚だが、10連勤すると、1日は体を壊すことがわかった。週に1回は休養を取ることが必要であると切に思う。思えばこの3月は13連勤が2回あった。そのためかどうか知らないが、4月は急性胃腸炎と原因不明の頭痛発作で大変な目にあった。5月も半ばになったいまでも完全復調はしていない。頭が締め付けられるような痛み。
・睡眠不足のとき
私の場合は6時間睡眠では足りない(ようだ)。7〜8時間の適正睡眠をしないといけない。
・風邪をひいたとき(熱の出る前、胃腸炎など)
熱が出る前はひどい頭痛に悩まされる。また、胃腸炎になった時は、きまって頭痛に悩まされる。
・花粉症、アレルギー性鼻炎
おでこのあたりに鈍痛を覚える。ひどいときは動きたくないほどの痛み。
・旅行、人ごみ、騒音環境などにいたとき
乗り物酔いはあまりしないはずだが、体調によっては電車でも酔うことがある(いわゆる「振り子式車両」はカーブを傾けて走行するので、酔いやすい。山道や小型船にも注意が必要)。
・寝すぎたとき
・飲酒
<頭痛のきっかけ>
・仕事上で怒ったり、過度に緊張したりした
・嗜好品接種(酒、たばこ、コーヒー、健康ドリンクなど)
・ストレスから解放されたとき(土日、月曜、定時に帰宅した翌日など)
・不規則な食事の直後
最近怪しいのは、嗜好品接種。酒とコーヒー、健康ドリンクが飲めなくなった時が、危険なとき。これをバロメーターにしている。
4月後半は、すっかり体を壊してしまった。
ストレスというのは怖い。体を蝕むのだから・・・
「病気」とはよく言ったもので、本当に「気」が「病」むのだね。
過去の編集雑記を読んでいたら、「胃潰瘍になった」とかいう記事を見つけた。ははは。やってることが変わらないや。
思い返せば、3月は休日が4日しかなかった。
リフレッシュする間もなく大きな仕事が入り続け、効率が落ちたためか風呂敷仕事も多かったので、実質、家に帰っても、休みの日も、何かしら、毎日仕事をしているような感じだった。
ひどいものもらい(両目にできた)、頻発する耳鳴り、突然の瞼の痙攣・・・と、今思えば危険信号はたくさん出ていたのだ。しかも花粉症は例年の数倍のひどさ。ティッシュ箱を1日で空にすることも。こういう、体からのメッセージを無視しすぎた。
忙しさのピークも終わりかけた4月頭、突然の胃腸炎。1週間ほど、ものが食べられなくなってしまった。そんな中で無理をして仕事をしたのもよくなかった。ふらふらである。
やっと治りかけたある金曜日。大雨に打たれてますます憔悴。
そして4月中旬。久しぶりの2連休の直後の月曜日である。
「健康ドリンク」→「緑茶」→「アイスコーヒー」と、カフェインを摂りすぎたせいなのかどうかは知らないが、突然の手足の震え。そして激しい頭痛と悪心。いてもたってもいられなくなる。
気を失いそうになりながら、仕事を続けたのがよくなかった。これ以上は無理だ、と病院へ。
いきなりベッドで寝かされ、検査である。
CTスキャン(「水分バランスが悪い」とのこと)、血液検査(「白血球が多い」とのこと)、血圧検査(何と178まで上がっていた)・・・と、ひどいのなんの。
結局症状はよくわからないが、片頭痛やら、緊張頭痛やらの発作と合わせて、風邪だか何だかも併発。体中がおかしくなっていたらしい。
・・・ということで、仕事どころではない2週間。そしてGW。ようやく復調して今に至る。
ストレスというのは怖い。体を蝕むのだから・・・
命あってのものだね。「自分の代わりは居るが、自分自身の代わりは居ない」のである。
身をもって知った。バランスを取った生き方をしなければ、と。
2008年05月13日
確か4年くらい前に書いたこと。英語のことわざである。
Good fences make good neighbors.《よい垣根がよい隣人をつくる》
・・・要するに、「親しき仲に(こそ、)垣をせよ」ということか。
その通りである。
「べったり」では礼儀もへったくれもない。
「親しき仲にも礼儀あり」なのだ。どこまでも。
これを忘れると・・・
2008年05月11日
「電車の椅子の固さ」はもっと大騒ぎして議論されてもよさそうなものなのに、あまり騒ぎになっていない。
メトロや総武線(←最近の編成はまた柔らかくなったが)をはじめ、最近流行のタイプの車両は、10分座っていると腰痛・・・腰痛というか、「変な痛み」がしてくる。何というか、その、固すぎるのだ。
年なのか。いや違う。東京の電車は座れればいいように作ってあるのがそもそもの要因。こんなことにコストをかけている場合ではないのだろう。よくわかる。人が多すぎるのだ。そっちをさばくほうにコストをかける。電車も商品だが、「大量の人を安全にさばく」ことこそ都会の鉄道の宿命。
椅子が駅のホームよろしくプラスチックでできていないだけ、ありがたく思わないと罰が当たる。これは嫌味でも何でもない。「椅子なし車両」すらあるのだから。椅子があるだけ・・・・・・
まあ、<ゲタ電(下駄ばきで気軽に乗れる電車)>というのはそもそも、そんなに長時間座る性質のものではないので、効率から言ったらそれでいいのだろう。けれど、ちょっといくらなんでも最近の車両の椅子は固すぎるだろう、というのが率直な感想。本当に腰に悪いのだ。将来の総医療費と比したら、国民経済的にはマイナスのほうが大きい気がする。言い過ぎか。
斯様に、「最近流行のタイプ」は「固すぎる」のだが、逆に旧国電タイプの車両の椅子は、「柔らかすぎる(経年劣化か?)」。座っていると腰が浮いて浮いて、どうにもこうにも落ち着かなくなってしまうのだ。これはこちらのわがままか。・・・どうも両極端なのだ。
中途半端な座席が容認されているということは、つまりは、「一般客の椅子はどうでもいい」と思われている証拠だろう(これは厭味でも何でもなく、私自身も「どうでもいい」からこう書いただけである。他意はない)。どうでもよくなかったら、椅子なし車両なんてないって。
要は、ただで椅子に座っている乗客に対して、「グリーン車に乗れば?」「(有料の)特急に乗れば?」というメッセージを暗に発されている訳だ。ここは黙って飼殺し・・・でもいいのだが、普通電車にだっていい椅子はいくらでもある(あった)。
特にバブル期〜12,3年くらい前の車両、とりわけその頃の営団の車両は大変なすわり心地の良さで一世を風靡した(と思う)。私は、ああいうのに乗りたい。具体的に言うと、丸ノ内線や、東西線(05系)の初期の頃の編成である。ちょっとバブリーな作りなのですぐにわかる。あれは、長時間座っていても疲れないのだ。ああいうの。ああいうのが欲しい。
JRでは出てこないだろう、私はもう諦めていたのだ。
ところが、である。
最近走り出した中央線の新型車両の椅子は、劇的に座り心地が向上されていて、とてもよい。はじめて乗った時、驚いた。
座った時の「包み込み感」と背もたれのフィット感。ある意味、最近の新幹線の普通席の座席をも凌駕するすわり心地である(言い過ぎである)。やっぱりバネが入っていると違うな。
欲を言えば、「一番体重のかかるところがもっともへっ込む」ような椅子だったらもっとよかった。現状では、太もものあたりがぷわんぷわんと浮くのだ。でも、いいのだ。通勤電車でこのレベルの椅子であれば、文句はない。というか、グッド・ジョブである。
長距離通勤をしているサラリーマンの中には、せっかく始発駅に住んでいるのに、「腰痛がひどくなるから」と、あえて途中駅から立席勤務に切り替える人もいるという。椅子が固いせいだ。
沿線で最も混む駅で、わざわざ「座ってきた電車」から、別の会社の「立って乗る電車」に乗り換える−らしいが、何かがおかしい。
そんな人を一人でも減らすためにも(だって無駄だもの)、もっと国家的政策でもって「電車の椅子を適度に固く・適度に柔らかく」するよう働きかけてほしい。女性専用車両より先だって、これ。
(追記)
最近、連結部のドアがJRでもいままでの「ガチャンバタン式(自分で開け閉めする)」から「傾斜式(ひとりでにしまる)」に変更されている。これはとてもいいことだと思う。
2008年05月04日
●「クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲」を見た。
プロットが素晴らしかった。どんな話か全く知らずに見たので(事前知識ゼロ)、後でOPとストーリーがベストマッチしていることに気付き、感動した。これはいい。
時代へのアンチテーゼというか・・・うん。これは「しんちゃん」でないとできない世界だな。素晴らしい。
●「人のふり見てわがふり直せ! 敵は己の中にいる」
・・・ということで、自戒を込めて書くのだが。
どうも以下のような人間が増えているような気がして仕方がない。何なのだろう。
便宜的に病名を付けさせていただいた。こういうのは、「つけたもん勝ち」である。
<勝手に期待症候群>
「勝手に期待して、それが思い通りにいかないと、勝手に怒り出す人」って、どうしてこんなにも多いのか。Googleで類似の文を検索したら、何と45万件近くもヒットした。やっぱりね。多いんだ。
いや、これが子供ならともかく、いい年した大人がねぇ。
期待するのは勝手だが、何も怒らなくてもと思うよ。
2008年05月03日
最近のメモ。
●「チンプイ」DVD−BOXを購入してしまった(2)
すごく懐かしい。そしてチンプイがかわいすぎる。
チンプイのアドリブ「チラ〜ンプイ!」とか「ナンダユウ〜?」もかわいすぎる。
あれは89年〜91年放映という時代もよかったと思う。
そこかしこに、「余裕」を感じる作り。見ていて心地がよい。
どんな形であれ、もっともっと「再評価」され、世に広まってもいい作品だと思う。
もっともこのこのご時世、デジタル彩色でリメイクしたら腐ると思うが。
●総武線で自動放送開始
総武線の一部編成で山手線同様の自動放送がスタートした。
私はJRの車内自動放送は好きである。第一に「聞きやすい」。第二に「煩くない」。第三に「スマート」。案内はできるだけ統一しているほうがいいのだ。それがデザインというのだと思う。首都圏一体に広がることを期待する。
同時に「英語放送」も開始されているが、これは日本人にとっては「どうでもいい」こと。はっきり言うが、日本人が英語の放送を聞く必然性は全くないのだ。が、まあこれは、一種の対外的な「ポーズ」でもあるので、仕方がない。
一歩ひいて「大目に見る」のは、日本人の美徳である。どこかの国とは違うのだ。そんなことはともかく、放送で気になったのは次の3つ。
(1)「中央・総武線」の呼称。
相当な違和感。英語では「Chuo Sobu Line」である。
私はお茶の水を境に、東側では「総武線各駅停車(Sobu Line Local Train)」、西側では「中央線各駅停車(Chuo Line Local Train)」、あるいは全部ひっくるめて「総武線(Sobu Line)」でいいのではないかと思う。
おそらく、「京浜東北線」同様の呼称に統一したいという思惑があるのだろう。だが、一般人は黄色い電車を「総武線」と呼んでいる。「中央・総武線」なんて、誰が決めたのかは知らないが、現場との乖離があるように思える。うーん・・・黄色い電車を「中央・総武線」とは呼ばないけれどなぁ。
百歩譲って、どうしても「中央・総武線」で統一したいのなら、車内掲示の路線図が「総武線・中央線」になっている不統一から何とかすればいいのに、と思う。もっとも私は、進行方向の関係上、「中央線・総武線」という案内を車内ですると混乱するから、あえて不統一を許していると踏んでいるのだが・・・まあ、いずれにせよ、何だか残念な感じではある。
(2)「東葉高速鉄道」の英語。
車内掲示では「Toyo Rapid Line」、なのに放送では「Toyo Kosoku Tetudo Line」、これはどちらかに統一すべきだ。こういう不統一が、「英語がポーズ」に見える最大の要因なのだが・・・。
(3)「千葉都市モノレール」の英語。
放送では「Chiba Toshi Monorail」。「Toshi」を「Uraban」にはできなかったのか。これも案内板によって表記に著しいばらつきがあり、不統一も甚だしい。
●ついでに、自動放送の違和感
うなずいてくださる方がいるものと信じて。
東京メトロの乗り換え案内 → 「乗り換えのご案内です。○○線はお乗換えください」・・ちょっとしつこい。前振りの言葉は不要では?
東京メトロなどの駅名だけ日本語→ 「英語放送で、駅名だけ日本語」・・すごい違和感。別に「英語なまり」でいいのでは?
大阪市営 → 「○○は乗り換えです」・・「お」がつかない。関東者には新鮮である。
新幹線 → 「今日も、新幹線をご利用いただき」・・・「本日」ではいけない・・のだろうか・・・大変な違和感が・・・
●総武快速の更新車
総武線の快速に、足回りを更新した新編成が走っている。帯の色も明るくなった。
まあ、圧倒的大多数の乗客は「何が変わったのか」すら分からないだろう。趣味的には大きな意味を持つのだが・・。
起動音は新型の中央線と同様。相当に静かになった。いいことである。私はモーター音が好きなので別にどうということもないが、今から考えると、今までのはうるさすぎた。
唯一の疑問は、足回りを更新したはずなのに、高速走行に移るにあたって以前と同じ「ブーン」調の音がしてくることだ。なぜだろう、ちょっと不思議である。まあ、圧倒的大多数の乗客は「何のこっちゃ」「どうでもいいよ」だろうけど。