2005年03月30日
何でこんなサイトをはじめたのか。と聞かれることがある。
とても本質的なことを書けば
「自己顕示欲の発露」ということなのだろう。
個人のWebサイトなんて、基本的には「俺の世界へようこそ」である。
だが、それを超えた何かがある。
くさいかもしれないけど、
「誰かを喜ばせたい」というのが根底にあるのかもしれない。
さらに、
後付だが「開設理念」というのもある。
■開設理念■
憂鬱の時代である現代。少しでも鬱屈とした気分を晴れさせることができるような「息抜きの場」の提供を通じて、世の中を明るくしたい。
現代社会は内部環境において競争が激化し、外部環境において人間的スケールを超えた都市化が進み、ややもすると「人間性」そのものが喪失されてしまっている状況にあります。現代人が内的外的に無意識に抱えるストレスの大きさ、むしろ現代都市が抱えるストレスの大きさは、日々等比級数的に拡大しているといっても過言ではありません。この鬱屈とした空気といったら!たまらなく苦しい!!人間性の回復は、現代社会に課せられた急務なのであります。
管理者は、「人間的スケールを感じられる、街角の面白いもの」を紹介し続けることで、現代都市における「人間性の回復」に挑戦します。人間性の回復こそが、現代社会、ひいては現代人を無用のストレスから解放し、「人に拠る社会」の持続に寄与するものだと信ずるからです。
誰にも注目されないような街角や路上の面白いものを発掘し、本質を見据え、付加価値を形成することで、よいものを社会に残していきたい。
世の中には、戦略によって価値づけられたブランドが無数に存在します。「夏は九十九里よりも湘南!」「○○線沿線よりも△△線沿線に住みたい!」「あのタレントが出てる○○を買おう!」・・・・・・これは、本当に正しいのでしょうか。何が根拠となっているのでしょうか。「一億総中流国家」である日本においては、九十九里も湘南も、○○線も△△線も、あの商品もこの商品も、本質的には「大差ない」のです。
「大差ない」からこそ、企業は必至になってイメージ戦略・マーケティング戦略を追求するわけです。しかし、それはどうしてもコスト的に「マス・マーケティング」の発想にならざるを得ない。しかし!「マス・マーケティング」では「大差ない」社会をますます「大差なく」するだけなのです。日本中どこへ行っても似たような街ばかり、似たような商品ばかり・・・これは、マス・マーケティングの為す大きな大きな罠です。
だから管理者は、こうしたイメージ戦略やマーケティング戦略から「漏れているもの」に、むしろ価値を感じます。裏返しの発想になりますが、これまで「注目されてこなかった」ということは、まだ「磨かれていない」ということになります。誰もが無視するような路上の「石ころ」−これが、予想外の可能性を秘めていることだってあると思うのです。「ニッチなニーズを掴む」・・管理者は、これに賭けます。
物事の本質を冷静に捉えなおし、むしろ「誰にも注目されないようなもの」を発掘することを通じて、そのものに付加価値を与え、本当に「よいもの」を社会に残していきたいと考えます。
→「鬱色時代」は、「人間的スケールを感じられる、普段は誰にも注目されないもの」を紹介することを通じて、「次の世代へ引き継がれるべき社会」「本当によいものを残せる社会」の形成に寄与していきます。
これはかなり本音だ(充分ではないが)。
これが一応の答えである。
「万国博覧会」
Webがすでに「万国博覧会」になっている現代、
「世界の国からコンニチハ〜」
・・・という時代ではなくなってきたみたいだ。
ただ「これが未来です。凄いでしょう。見て!」という時代じゃないのだきっと。
ただ博「覧」ずるだけではWebと同じで、行く意味がないのだ。
「行って・見て・体験する」ことで得られるものがないと。セントレアに負け続ける恐れもある。
いつだったか「インターネット博覧会」という企画を立ち上げて大ゴケした国がある。
インターネットは博覧会そのもの。わざわざ二重に形容する必要がないのだ。
このときも思ったが、今は情報がかつてなく容易く入手できる時代だ。
ただ博「覧」ずるだけではWebそのもので、行く意味がないのだ。
「行って・見て・体験する」ことで得られるものがないと。
ttp://blog.livedoor.jp/parumo_zaeega/archives/11624400.html
2005年03月29日
2005年03月28日
2005年03月27日
曲がりなりにも「大企業」を目指すのなら、
社長が「俺が俺が」してたらいつまでたっても世間の信用を集められないよな。
社長の応援Tシャツ? アバター? ふざけんな! ・・・と思うのは頭が古いからなのか。
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AV企業の社長、T氏と L社のH社長との対談
(ttp://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1037156/detail)
G:でも、僕は「失敗から学んでいくべきだ」と思っているもので、できるだけ失敗するようにしているんです。だから、Hさんにもぜひ失敗していただきたい。
H :(笑)
G :でも、僕は今回の勝負、Hさんは勝てないと思うんです。
H :えっ?
G :要は、大メディアの圧力のかけ方だとか、横のつながりだとか本当にすごいと思うんです。カルテルですから。きっと、Hさんは「自分は前頭だ」と思って、横綱に立ち向かっている意識だと思うんですけど、世間は、特に若い世代は、Hさんを横綱だと思っているんです。だからこそ、「あぁ、やっぱり同じ横綱でも、若い横綱は長老には勝てないんだ」と思わせちゃいけないんです。
H :まぁ、暗澹たる気持ちになるでしょうね。
G :だからね、ひとついい方法があるんです。
H :それは何ですか?
G :「負けました」って情けなく言いながら、ニッポン放送の株を高く売るんです。 H :(笑)
G :それはすごいカッコ悪いことだけれど、まだまだ、これから先も挑戦する機会が生まれるはずです。だから、ここでヤケにならずに、きちっと株を高く売って利益を得る。そこで何を言われてもいいんです。
H :人の噂も七十五日ですからね(笑)。
認めてどうする!
Gさんは面白くていいですね。いい感じにHをおちょくっていて?好感が持てます。
まずいのはH社長だ。
SBIの社長が言っていたとおり、社長の発言が余りにも軽率すぎる気がする。見ているほうがもう我慢できないのだが。
ま、
G:Hさんの発言のなかには、2割の絶対の賛同者があれば、8割に嫌われても構わないという感じがしますよね。
H :ええ、それでいいんです。嫌いなヤツには会わなきゃいいんです。いいことばかりを言っていると、有象無象が寄ってきますから。だから、逆に「いい人って大変だな」と思いますもん。
嫌いな奴ともやっていかなくちゃならないのが仕事だと思うが。
ま、そういう考えならご勝手にどうぞって感じだな。
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取締役Yさん
これからのポータルを支える技術陣の品質の向上と規模の拡大していくことです
IR情報で脱字!
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取締役Kさん
裏日記
ttp://blog.livedoor.jp/kumagai_f_n_y_t_k/
ジャンケンランチ
ラッキー。今日も勝っちゃった☆
とってぃ、ほりちゃん、ナカノクン、くまの4人で
計4000円。
学生っすか?
社長がウェブログ・・・
別にどうでもいいことだけど、「東証一部上場企業の社長のウェブログ」というのを見てみたい。
コメントとかトラックバックなんかはなくてもいい。
律儀に社長さんが直に書くページがあればおもしろいなぁ(秘書に投げるのが普通だろうけど)。まあ、それは話としておもしろいだけで、俺は自分の会社の社長さんが会社の名前を背負って「社長日記でーす」なんてマジで書いてたら「もっと他のことしてくださいよ!」と心の底から思うな。間違いなく(関連記事を次のエントリに書く)。株主だったらそんな会社に投資しないしな。行く末が心配だもん。
というわけで、「社長日記」は秘書またはブレーンが書くものとして考えても、
会社によってかなりページの雰囲気が異なると思う。楽しい。
会社案内を見れば分かる内容しか書かないページ
社長の1日の動きを追ったページ
社長が若者に訓示を垂れるページ
広告代理店を巻き込んで本格的なイメージ戦略に打って出るページ(毎回有名人との対談記事とか)
誰かやらないかなぁ。見る人多いと思うんだけどな。
バナー広告の収入も見込めると思うしな。会社の絶好のPRの場じゃないかと。
新卒採用に「人事担当者のWeblog」を採用している会社もあるみたいですね(一部上場企業で)。
2005年03月22日
「変えます」とか言ってる奴に限って何も変えてない。
なぜなら、本当に変える実力がある人は「変えます」って言う前に変えてるから。
「既得の権益を守りつつ、悪いところは変える」・・っていう虫のいいことはできないのかなぁ。ちょっとそのことで今苦しんでます。既得権を守ろうとすると、悪いところも一緒についてきてしまう。ああ・・・
「変えるなら全部、既存の価値を守るなら徹底的に」、中途半端はいけないのかもしれないな。
日本は「俺が変えて見せます」ってのを異常に嫌うからなぁ。もう少し「俺が変えて見せますよ」ってのがもてはやされる風潮があってもいいと思うが(こう書くと、某ITコングロマリット社長を応援しているように見えるかもしれないが、そうではない。)
ほんの小さな変化も嫌うのが日本。ちょっとの改善を酷く毛嫌いする。その割には明治以後に西洋化は一気に進んだが。
思うに、「自ら動く改善には反対、外から促される改善にはしぶしぶ賛成」ってのが力学なんじゃないかと。中から変えるのは相当なエネルギーが要る。組織に、本気の奴が99%くらいいないと成功しない。
ということで今、苦しい。
千葉の高校生、アンケートで4.5%(4300人)が教師からセクハラ受け、191人が成績や進路を「人質」に性的接触or性的関係被害
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050322-00000242-kyodo-soci
見出しっぽく書くと、「破廉恥教師の巣窟 千葉県の高校生、セクハラ被害4000人以上 アンケート調査で 性的関係強要も 問われる教師の倫理」ってとこか。
同じ千葉県の高校OBとして言わせてもらえば、こんなのは氷山の一角。もっといるはずですから!
大体、部屋に呼び出してそのまま・・とか(噂)、
特定の教師に絡みまくるスケベオヤジとか、
廊下でいちゃついてたりとか。
そんなの普通だから!認識甘すぎ!
昔でさえそんな状況。今だったらどうなってるか分からん。
2005年03月21日
画像ソース0319
●トップ画像
北京市
●落書き
ピグモン 大阪・阪急南方駅前
コンクリート 東京・御茶ノ水−水道橋高架下
サルの会 東京浅草・駒形橋付近
でべそ 東京杉並区下井草界隈
ヨネスけ 東京
ネタ(俺達・・・) 東京・東向島
●「大衆料金」
千葉・富士見 駅前大通り脇
●はと
東京
●コメント
北京・天安門近くの路地
2005年03月12日
ttp://plaza.rakuten.co.jp/rockscafe/diary/200501220000/
ttp://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0502/07/news038.html
最近、「俺の携帯、ボーダフォンなんだ・・」と言うのが恥ずかしい。
世界的にはとても大きな企業体のはずだが、日本のマーケットを掴むことは全く出来ていないようだ。
悪い点はいくつもあるが、特に我慢できないのは「機種がダサすぎる」ことだ。ブランドイメージや格を重視する日本のマーケットで、これは致命的な欠陥だ。
(土地的な感覚で言うと、ドコモが「新宿」っぽくて、auが「自由が丘」、ボーダフォンは「千葉・茨城・埼玉」なんだな。ドコモが大衆的トップランナー、auが「イメージ先行型ブランドイメージむき出しランナー」、ボーダフォンは「何だかよく分からないけど泥っぽい地元ランナー」みたいな。人が最も応援するのはトップランナー。なお、トップランナーをやっかむ奴は一定数存在する。次がイメージ先行型。ミーハーな感じがするので、年が上の人には嫌われることも。だが、「直感的な」若い人、「物分りのいい」オトナへのの受けがいい。最後が泥ランナー。しぶとく応援するサポーターやマニアがいる反面、大多数の人には「何それ?」という目で見られるタイプである。)
デザインはブランドイメージ形成に大きく寄与する。
もともとデザインなんてあまり気にしないほうだったが、物事には限度がある。機種変更をしようと思ってお店に行って本気で愕然とした。欲しい携帯が1つもない。これは、絶望的だ。
■機能面はどうだろうか。
カメラはどこにでもあるし、iモードに勝てるわけないし、ボ社の優位性は微塵もない。
■価格面はどうだろうか。
以前は最も安かったのだ(だからこの会社を選んだのだが)。だが今は、検索すればすぐ分かることだが、安くはない。かえってドコモやauの方が安いこともある。ボ社の優位性はない。
■ボーダフォンのウリについて検討してみても、
「海外で通話が出来る」とか(普通の人はしないし)、
「友達同士メール無料」とか(そもそも周りにボーダフォンユーザーがいないって!)、
「3G」とか(他社から遅れすぎ!)、
正直どうでもいいのである(殆どの人がそう思っているはず)。
市場が成熟飽和状態にあり(8000万回線超)、パリティなので、
一刻も早くブランドイメージを向上させないと、坂を転げ落ちかねない。
いちユーザからの警告である(意味なし
早くポータビリティサービスの時代が来ないかなぁ。
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僕の使っているパソコン(富士通)を見た人物から、
「君のパソコンもよく見ると格好いいね」と言われてビックリしたことがある。
彼はソニーユーザーだ。
ソニーユーザー(自由が丘)の基準からすると、そのほかのパソコンはイモなんだろう。
悲しい話だ。
正直な話、何が何でもブランドイメージというのには辟易する。
だが、ブランドイメージというのは電通の戦略だけで何とかなるものでもない。それを裏付ける「何か」があってはじめて実現する。
それは技術かもしれないし、サービスの品質かもしれない。
しかしそれはきっかけに過ぎない。情報感度の高い人(イノベーター or コンシューマリーダー)は、「よい技術」「よいサービス」に飛びつく。その積み重ねで、企業は「信頼」という何物にも変えられないブランド価値を得るのだ。
だが、それを追いかける圧倒的大多数の消費者(フォロワー)にとって、それは無関係なこと。多くの人は「ブランドイメージ」にくっつくだけである。
これまでのビジネスモデルでは、イノベーターとフォロワーの間に一定のタイム・ラグがあったから、イノベーターに技術とサービスをじっくりと売り込み、フォロワーの手に届く段階でイメージ戦略を図ればよかった。
だが、高度情報社会に突入し、Weblogや掲示板、携帯電話などの個人の情報発信ツールが当たり前になると、イノベーターとフォロワーとの格差が格段に縮まった。企業は技術云々をじっくり伝える暇はなく、商品を即座に浸透させねば市場で生き残れなくなった・・・技術革新のスピードの向上に伴う製品寿命の短期化も、この傾向に拍車を掛ける。
したがって、ブランドイメージを徹底的に磨かなければ意味がないのである。即ちイメージ戦略が必要なのである。
たとえそれが「虚構」のものだとしても、イノベーターは即座に気づくが、フォロワーはなかなか気づかない(e.g. ライブドアの球団参入)。
ビジネスにするには、フォロワーに気に入られなければ意味がないのだ。・・そして大多数の消費者がイメージ戦略の虚構に気づいた頃には、その事業は廃れ、その企業はまったく別の事業に着手している・・そんな時代のような気がする。